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生きている

職人見習い、考古学者。社会の中で僕は生きている。

何に向かって走るというのか

職人となる前の話をするのも若者ぶっているようで抵抗があるが、これも日記だからそういうことも書く。
未だに僕を舞台に立たせてくれる友人との練習の話で、こんなことを話しても誰が得をするのかわからない内容だ。僕の趣味は楽器演奏だ。

 

彼はライブの企画を立ち上げており、自らもバンドマンとして精力的に活動をしている男だ。他でもない、実は僕もまた考古学者となる前には同じように活動してきた経緯がある。就職活動時に本職としてそれを選ばなかった理由はここでは伏せておくが、それなりに真面目に活動をしていた。
彼とは初めて会ったのがいつだろうか。第一印象は感情の動きが読めない男、だった。だがひとたび楽曲制作となると個性的で真摯な曲を作っており演奏も類い稀に上手く、個人的に興味が沸いた。
とある企画で一緒になり、その時には僕が忙殺されて協力がなかなか出来なかったので、内心恨まれても仕方があるまい、もう縁もないかもしれないと思っていたこともあった。

 

彼が活動を続ける中、僕は考古学と職人の手業を学ぶことに没頭した。かつての人脈はほぼ皆が成功しようがしまいが芸で食いつなぐ中、そうしたブランクを容赦なく作っていった。
活動をすることはその度に現れるハードルを毎回のように見上げることと同義だ。職人としての歩みも、何だってそうだが、僕は明らかに息切れていた。そこから離れたことは決して逃避ではないにせよ、ハードルを一度では飛び越えられないことが続き、望みを失っていた頃が少なくともあった。
やがて身の回りからは活動を行うメンバーが減り、僕は取り残された。僕は決して自分からあれがやりたいだとか、こういうのはどうだとか、先導して人間を集めるタイプではなかったからだ。

 

最近では、自分の無理のないペースで、無理のある作り方ではなく演奏できる場所に再び恵まれたが、そのバンドで舞台に立つことになったきっかけは彼が与えてくれた。
数度組むこともあったが、そうしているうちに、趣味を持って暮らしていた頃を思い出した。

 

左手が昔よりも弱くなったから鍛えなければ、だとか、曲の構成に問題を抱えていて貢献できる箇所を探さなければ、だとか。昔越えたようなハードルばかりではない障害がトラックには大量に見えた。
何より嬉しいのが、彼は走り続けており、また僕は走り始めた実感を得ていることだ。

 

仕事は仕事で、僕は僕だ。僕には夢がある。

ピアノの弾ける父親になることだ。