生きている

職人見習い、考古学者。社会の中で僕は生きている。

失われた「行きつけ」と、この街のイタリアン

工房へと毎日通う職人に取って、昼食の時間は重要だ。同僚の職人たちの中には、安く冷めた弁当を口に運びながら昼休みの間も手を動かす者も少なくないにせよ、僕に取っては優先順位がきわめて高い。

 

少し前まではエンジェルフェイクという洋食店が工房の近くにあった。オムライスが人気の、昼はランチ、夜は酒場として盛況した店だったが、諸々の事情が重なり無くなってしまった。
通い始めて5-6年だろうか。僕はここの店主にも店員にも顔や名前も覚えられていて、所謂「僕の行きつけ」の店だった。それだけにこの事件は非常に僕を苛んだ。
思い出深い店内が、開け放たれたドアの外からは打ちっ放しの壁に塗り替えられ、その改装を担当する作業員たちがせわしく出入りするところを見た時は、胸が痛んだ。
2号店があるものの、内装の懐かしさや1号店の店主は失われてしまったことで、しばらくはその道を通ることができない程だった。

 

この店があった建物が改装され、radicareという店になったのはつい最近のことだ。

この街でイタリアンを専門にすることは難しい。熟年の職人の比率が圧倒的に高く、彼らは決まって安居酒屋や定食屋に向かい繁盛し、イタリアンは瞬く間に消えてゆく。そういう意味ではエンジェルフェイクがこの街で生きてゆけたのは、手腕のなせる技だった。
radicareは手打ちパスタ専門店だ。ランチが千円で、周囲の定食屋に比べ明らかに高価。息が長く続くとは思えず、変わり果てたその店に、僕は足を踏み入れた。

 

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結論から述べれば大当たりと言わざるを得ない。

写真は自家製パンチェッタと玉ねぎのトマトソースで、絶妙な歯ごたえと決して濃すぎない味付けだ。付け合わせのサラダは新鮮で、パンはそれ自体でも食べることができるにせよ、残った具を乗せるにあたってこれも丁度良い。

店内は僕が訪れた頃には閑散としていたものの、やがてぽつりぽつりと客が来て埋まっていった。カウンターのない打ちっ放しの店内が、新たな客が新たな席について賑わいに満ちてゆく様を見て、かねてからの悲しみに安堵が追いついた。

 

この五反田に訪れて、もしも昼食に困ったのなら、この店の名前を覚えていてくれたら、少しだけ幸せになれるだろうと僕は思う。