女職人の不誠実な正義

この空白の一週間をどう釈明するか迷う。

 

以前に確か、「こんなに嬉しかったことを書いて疎まれないだろうか」と書いたことがあったが、この一週間何をしていたのかと言えば、人には言えないほどに嫌なことばかりがあった。嫌なことを書くという行為に対し、僕が抵抗を示した。

書くことは自由だと思っていたがそれは誤りで、自分の日記について「辛いことを理解できるなら楽しめるなりする人間のみが読むべき」と評されて以来、頭からそれが離れなくなったからだ。彼はこれを否定したものの、それを僕が常に考えてしまう以上、書くことは僕にとって不自由だということを示していた。

前置きが長くなったがこれについての答えはまだ出ていない。今日書こうと思ったのは、一週間の嫌なことを踏まえた上で今日は比較的良いことが起こったからだ。

 

この一週間、僕はエフの改修をし続けた。当然だが困難を極めるコーデックスの解読と補修を続けることは精神的な磨耗を伴う。特に今回のような人に使ってもらう仕組みにおいて、あってはならない出来のものであれば、尚更にだ。

いわゆる「前線」の営業職からは毎日のようにお叱りをうけたストレスの報告を受け(職人は追い込まれれば手腕を発揮すると勘違いする者は多く、この場合も例外ではない)、ひたすら毎日のように生えてくる不具合を直し続けた。それはまるで春先の桜のように次々と咲いていた。

受難はこれに留まらず、手作業を行う工房では日夜問わず弟子に対して「これはデグレデグレード。改修以前に比べて明らかに挙動が悪化していることを指す)だろう」、「ここの動きはこう動く、だからバグだ」と、10秒も眺めれば解読できるゴムの仕組みのコーデックスの誤読をわざわざ聞こえるように話す機構士が、僕のそばを離れなかった。

実に陰湿なことに僕に対して修正を頼むでもなく、自分の担当したころの仕組みは、あるいは自分が育てた職人は正しかったと単に主張し続けることを看過できるほどには、僕は見習い根性が染み付いてはいない。だがこうした安い挑発に乗るほどの暇も奪われ、事実上何も言い返せないことが続いたのだった。

これが一週間続いた。同じような毎日と言ってよい毎日だったが、毎日先の見えない作業と、機構士に煩わされていた。

 

今日も殆どは同じ日だった。複数の細かい作業に追われる中で小言を聞き流していたが、少し状況が違う。

この機構士の説教を受けている弟子というのが、僕よりもまあ年が行った年齢にも関わらず未だにこの機構士から見習い扱いされている人物で、職人であり機構士である。性格や技にも問題はあるものの、この説教というのが大衆の前で「こんなことも分からないのか」「散々言ってきただろう」「頭を使ったのか」と言われる、いわば晒し者にするものだったことが大きな理由かと思う。

彼は、重要な部分を全て機構士や職人に丸投げしてきた。それゆえ自分では何も出来ないが、職人歴と肩書き、そして子供の年齢ばかりが独り歩きした男だ。最も大事な部分を全て投げ出している代わりに、そうした恥を晒す選択をしていると考えれば……賢い男なのかもしれない。ただし、機構士としての腕と職人としての腕とを見分けられない愚者であることは確かだった。

その彼が僕に尋ねてきた。尋ねてくる内容はもう分かっている。自分ではコーデックスが読めないが、その機構士に「デグレだ、自分で直してみろ」と命令されたのだが、どこが問題なのかはわからず、それについて機構士は「こんな簡単な問題すらも分からないんじゃこのコーデックスを補修した職人並みだな」と言ったので、仕方がなく僕のところに来た、というわけだ。

 

実際にそのコーデックスを駆動すると、言っている「デグレード」とおぼしき現象は起こった。また、問題の箇所も数秒で特定出来た。ところがこれが面白い話に繋がる。

この機能を補修したのははるか西の大地で一人きりで過ごしている、僕と同じ歳の腕利きの女職人が手がけている。女職人は元は別の工房で働いており、その技術力の高さから僕たちの工房には歓迎された経緯がある。年に一度こちらへ来ることがあり会話もしたことがあるが、実に温厚で知性のある女性だった。無垢な笑顔や、褒められるとすぐに恥ずかしがる少女性とは裏腹に、その技術力と知識量は僕を遥かに超えている。彼女は既にこの工房では追随を許さないほどの職人ですらある。

コーデックスの補修について彼女がやりがちなことを言うと、元が酷ければ酷いほどに……そのまま動かせば動かない(他の機能で代用は出来るため致命的ではない)箇所をあえてそのまま残す癖がある。このゴムを作る仕組みは新しい仕組みとして載せ替えるものであり、決して修繕が目的ではないということが彼女の悪癖を引き起こした。

丁寧に、問題の箇所で不都合がある場合に定型文言として「〜〜が原因でデータ入力は失敗しました」と画面に表示するよう仕組まれていたのだ。

つまり、分かっていたがお前の態度が気に入らないから直さなかった、という姿勢をコーデックスの上でやってみせたのだ。

 

これについて機構士は訳も分からず、「なんだこの定型文言は、問題の内容がまるで分からない酷いコーデックスだ」と嬉しそうにはしゃいでいたが、僕はその弟子の前で我々が修繕する前の古びたコーデックスの写しを広げてみせた。この時の僕の、機構士にもよく聞こえる声量の解説で今回の日記は終わりとさせていただく。

 

「あー……これはあの女職人の悪い癖ですね。これほど起こりやすく原因も明らかな問題を抱えているというのに、完成品として渡されたことが彼女の誇りを傷つけたのでしょう。

僕は悪いとは思いません。なぜなら元々のコーデックスでは、仕組み側が意味不明な操作を行なった場合に規程として出す文言を設定していますね。そのためこの部分は不完全ながら、明らかな『アップグレード』です。

原因は○○だと断定している。不具合ではないと説明されたのなら、正しい動きを行わない理由も使用者に知らされるべきですから、これは正しい選択だし、正しい仕事です。流石ですね。

重ねて言いますがこれはデグレードなどではありません。モニタを横にして見ればそう見えないこともないでしょうが……まあ、元々の、致命的なバグですから、お客様に確認のち対応を進めるべきではないでしょうか」