生きている

職人見習い、考古学者。社会の中で僕は生きている。

悪しき賢者、【フェオ】

名古屋には昔偉大な職人が住んでいたと聞いたことがある。僕の所属する会社の水準をはるかに超えるコーデックスを記し、数多のコーデックスに流用させた、偉人である。

が、考古学者かつ職人たる僕の見解は違う。

皆考古学者ではなく職人のため、信じて疑わなかったろうが、その水準を超えたコーデックスの一切が文献と仕組みの解説を行っていない、本人にしか行使し得なかった力であることを僕は知っている。そしてまた、その力が虚偽によって齎された―――一見正しく動くようで、実は動いたり、そして動かなかったりする、未完のコーデックスであることを。

彼の職人の名の頭文字のルーンを元に、憎悪はあれども職人として敬意を表しF【フェオ】と呼ぶ。

 

職人として上記の理由で、職人を目指してから今までの年月、僕は【フェオ】を忌避していた。

が、会社は違う。【フェオ】は優秀な職人であり、名古屋を中心とした各区における戦略に多く携わり、その多くでそのコーデックを使っているため自然と属人化した管理体制にならざるを得なかった。そして【フェオ】は現役の職人であり、今もなおそれを拡大し続けている。

そうした地域の見習いの職人とも意見を交換したことがあるが、皆考古学の知識を携えていないことから、職人にとって最も大切な「何がどう駆動してどうなる」という核心が、【フェオ】のそれからは読み取れないと言う。

 

避けていた【フェオ】のコーデックスに触れる仕事を請けざるを得なくなったのはつい先月のことだった。名古屋の辺境に佇む、とある工場。

【フェオ】はこの工場の担当者を外された。

ついにコーデックスの悪辣さと、そしてまたその機能性に問題を抱えていると指摘を受けたのだ。

 

職人無き後の工場からは会社へのクレームが立て続けに起こった。我々の頭領は今までに「もう少しで」とか、「誠意取り組んでいる」とか、言っただろうか。実情はそうではない。誰もそのコーデックスを読み解き、そして補修することが出来なかったからだ。

工場にとっての正しい仕組みは、その工場によって定められる。僕たちはみな、それを聞きこんで仕組みを拵える。【フェオ】も例外ではなかったが、その記録を残していない。

我々のような会社について、そういった場合に工場側からは、当然職人から職人に技術や知識の伝道が行われて他の職人がその職人を継ぐ、いわば知の継承が行われるのが常とされている。【フェオ】はそれを行うつもりが無かったようで、全くの葦の原から田畑を耕す、そうした不毛な肉体労働が名古屋の地に、そしてしばらくのちに僕の身に降りかかったというわけだ。

 

今、僕はその未完のコーデックスを元に正しい動きすら分からないまま、仕組みを作り上げている。見えない正しさを元に試行錯誤し、求道する様はさながら生くる者の宿命にも思える。職人の求道とは、想像を絶する厳しさの上に成り立っていると、僕は認識を改めた。

そしてまた、【フェオ】もそうであったのだろう、と想起した。

 

ぶっ殺すぞ藤原